藤沢市 グリーンハウス 再訪
以前訪れた藤沢市にあるグリーンハウス

改修工事に伴い長い間閉鎖されていたが、その工事も終わり一般公開される事となった。

登録有形文化財として正式に認定を受けた様だ。
1932年に建築されたスパニッシュ様式の建築、驚くべき事に、改修工事に伴う検査において現代の耐震基準を問題なくパスしたらしい。



やや小綺麗になり過ぎた印象も受けるが、こうして歴史ある建造物に足を踏み入れる事が出来るだけ貴重な体験である。
因みに現在は市営のスポーツセンターの事務部として利用されているが、事前に申し込みを行えば諸々の案内をして頂く事が可能。
今回実際に申し込みを行い、郷土史を専門に扱う団体の方に内部のご案内と近辺の歴史について色々と貴重なお話を聞く事が出来た。
その中でも最も興味深かった情報があった。
グリーンハウス内から地下に直結する扉が室内にあり、大規模な壕に繋がっているというのだ。
残念ながら入る事、写真を撮る事は叶わなかったが、ネット上や文献においても知り得なかった大変貴重な情報ではないだろうか。

草木が茂り、ほぼ認識出来ない状態ではあるが皇族用(と言われている)の掩体壕も健在。近辺も大規模な再開発が入り、消失の懸念もあったがとりあえずは一安心。

藤沢カントリークラブ時代に訪れていた著名人の一覧。実際に皇族関係も少数ではあるが利用していた様である。先に紹介した掩体壕については、厳密に言えば華族向けに作られた物でないかと推測される。

テニスコート側にある唯一の壕口も塞がれてはいない状態。

ご厚意で聖園女学院地域内もご案内頂いた。
サイズ感が分かりにくいが、全長約10mにも及ぶ木彫りの聖母マリア像である。
親松氏という方が40年の歳月を費やし、今年完成を迎えたそうである。
ここから何等分かに分割し、南島原の教会まで運び出すとの事。
詳しい記事はこちら迄。

作品を作る工程で、作業場の天井を繰り返し増築したらしい。

こちらも聖園女学院地域内であるが、当時の藤沢カントリークラブの面影を残す唯一の場所である。

藤沢カントリークラブとは別に、467号線を隔てた反対側にも藤沢メリーゴルフクラブなる物があった。珍しい事に女性専用のゴルフクラブである。あんな急斜面を利用した場所で人気はあったのだろうか...。
久々の再訪となったが、大いに充実した1日となった。藤沢海軍航空隊関連遺構も引き続き情報を集めていきたいと思う。

改修工事に伴い長い間閉鎖されていたが、その工事も終わり一般公開される事となった。

登録有形文化財として正式に認定を受けた様だ。
1932年に建築されたスパニッシュ様式の建築、驚くべき事に、改修工事に伴う検査において現代の耐震基準を問題なくパスしたらしい。



やや小綺麗になり過ぎた印象も受けるが、こうして歴史ある建造物に足を踏み入れる事が出来るだけ貴重な体験である。
因みに現在は市営のスポーツセンターの事務部として利用されているが、事前に申し込みを行えば諸々の案内をして頂く事が可能。
今回実際に申し込みを行い、郷土史を専門に扱う団体の方に内部のご案内と近辺の歴史について色々と貴重なお話を聞く事が出来た。
その中でも最も興味深かった情報があった。
グリーンハウス内から地下に直結する扉が室内にあり、大規模な壕に繋がっているというのだ。
残念ながら入る事、写真を撮る事は叶わなかったが、ネット上や文献においても知り得なかった大変貴重な情報ではないだろうか。

草木が茂り、ほぼ認識出来ない状態ではあるが皇族用(と言われている)の掩体壕も健在。近辺も大規模な再開発が入り、消失の懸念もあったがとりあえずは一安心。

藤沢カントリークラブ時代に訪れていた著名人の一覧。実際に皇族関係も少数ではあるが利用していた様である。先に紹介した掩体壕については、厳密に言えば華族向けに作られた物でないかと推測される。

テニスコート側にある唯一の壕口も塞がれてはいない状態。

ご厚意で聖園女学院地域内もご案内頂いた。
サイズ感が分かりにくいが、全長約10mにも及ぶ木彫りの聖母マリア像である。
親松氏という方が40年の歳月を費やし、今年完成を迎えたそうである。
ここから何等分かに分割し、南島原の教会まで運び出すとの事。
詳しい記事はこちら迄。

作品を作る工程で、作業場の天井を繰り返し増築したらしい。

こちらも聖園女学院地域内であるが、当時の藤沢カントリークラブの面影を残す唯一の場所である。

藤沢カントリークラブとは別に、467号線を隔てた反対側にも藤沢メリーゴルフクラブなる物があった。珍しい事に女性専用のゴルフクラブである。あんな急斜面を利用した場所で人気はあったのだろうか...。
久々の再訪となったが、大いに充実した1日となった。藤沢海軍航空隊関連遺構も引き続き情報を集めていきたいと思う。
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